大人になって失ったもの

moriwokakerudensya_TP_V

大人になって失ったものっていうのは結構あります。
私も30を超えてからそんなことをよく考えるようになりました。

大人になる前に思い描いていた自分は持っていたであろうものも、今の自分は持っていません。
なんか切ないようですが、これが現実なのかと最近考えたりします。

今回はブレイク気味の記事になりますので時間がある人だけ読んでいただければ幸いです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

大人になって失ったもの

細かく見ると大人になって失ったものというのは結構いっぱいあると思います。
しかし、大きく見ると私の中では3つあります。

  • 友達
  • 興味

これを見ると非常に切ないです。
大人になんてなるんじゃなかったという気持ちが湧いてきます。

ちなみに私が大人と比較しているの子供というのは学生時代の自分を指します。

友達

大人になって失った一番大きなものはやはり友達です。

私は大学は県外に出ていましたので、大学時代の友達は基本的に県外の人たちです。
もちろん失ったというのは言い過ぎかもしれません。

社会人になってからは大学時代の友達とは、数えるくらいしか会っていません。
社会人になりたての頃は1年に1回は遊んだりしていましたが、今となってはほとんど会うことはありません。
誰かの結婚式で会うくらいでしょうか。

私は福岡に住んでいますので、関西、関東、東北にいる友達は基本的に会おうと思ってもなかなか会うことができません。
80歳まで生きれるとして、もし1年に1回会ったとしても今後50回いかないくらいしか会うことができないのです。
学生の時は、毎日のように一緒にいた友達とは多くても50回ほどしか会うことができないのです。

最近ではほとんど結婚してしまったので1年に1回会うということすら難しい話です。
子供が大きくなればさらに難しくなることでしょう。

私は思いました。
この状態で友達と言えるのでしょうか。
多くの人は言うでしょう。
会えなくとも友達であることには変わりないし、そんなこと言うのであれば電話したりすればいいじゃないか。とね。

社会人になりたての頃は確かにありました。
電話したりしてましたよ、たまにね。

しかし、時が経てばだんだんなくなってくるものです。
これで友達と言えるのだろうか。
友達だけど、友達と呼べないような感覚です。

今では飲みに行くにしても会社の同僚になります。
同じコミュニティにいるため、同じ話題、同じ場所ということで飲みに行くのだと思います。

現在進行形が自然と自分の中で1番になっていくのでしょうね。
生活していく上で、所属しているコミュニュティが1番大切で切り離せないものなんでしょうね。

学生時代の私には夢がありました。

ミュージシャンになるっていうでっかい夢がありました。
毎日ギターを弾いて、曲を作り、月に3本ライブして、週に2回は路上でも演奏していました。

学生時代に夢はかなえられなかった。
そして、みんな就職して離れ離れになりました。
私は、社会人になっても頑張ろうと思っていまいた。

社会人になっても月に1回ライブをしていまいた。
もちろん仲間はいないので1人です。

ライブを5回ほどして、それ以来ライブハウスに行くことは無くなりました。

社会人になって、1人でライブをして気づきました。
私は根からの音楽好きではなかったのです。

誰かに認めてもらいたい、自分の価値を証明したいという気持ちがすごい強かったからあれだけ夢中になれたんだなと思いました。
しかもその誰かというのは、メンバーだったということです。

そうして、私のあれだけ強かった夢はあっという間にしぼんでいきました。

興味

ここでいう興味というのも音楽に対してのことです。
今ではギターに触るということすら無くなりました。

ギターを触るならMacを触ります。

それだけ興味がないのです。

夢がなくなるのはまだわかります。
自分でも理解ができますが、興味がなくなるというのを理解するのには時間がかかりました。

「あ、本当は興味がなかったのかな」

この気持ちを受け入れるのには時間がかかりましたね。

みんなと一緒にいて、一緒に何かをやるというのが楽しかっただけで、それが音楽でなくても良かったのです。

現在進行形のコミュニュティが1番大切だということなんですね。

逆に得たもの

この3つのものを失ったのはほぼ同時ですが、気づくのには時間差がありました。
そして、あの時思い描いていた大人の自分とはやはり違うということ。

10年後の自分がまさかサラリーマンだということは想像すらしていませんでした。

しかし、逆に得たものもあります。
あの時の自分には到底想像すらできなかったでしょう。

嫁と子供。

嫁とは出会ってもなかったし、子供の顔なんて絶対にわかるはずもありません。
かけがえのないものだということは、あの時の自分にはわからないことです。

強烈に大学時代に戻りたくなる時はあります。
胸が焼けるほど、懐かしさに溺れることもあります。

もし仮にタイムマシーンがあって、私だけ特別に過去に戻って人生をやり直していいよと言われることがあったとします。

でも、多分私はタイムマシーンには乗らないと思います。

あの頃の自分も、きっと今のここに来たいはずだから。

失ったもの得たもの、どちらも大きなものです。
失ったというのは大げさかもしれませんが、案外リアルな気がします。

10年後の自分はどんなことを考えているのだろう。

そう考えたら何か少しワクワクしてきますね。

10年後にこのブログを見返すことがあればアンサー記事でも書きたいところです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

最後まで読んでいただきありがとうございました。
この記事がお役に立てましたらシェアしていただけると励みになります。

フォローする